上司にとって耳の痛い話をすることは一番槍をとることよりも難しい

  

先日、会社の総務部門に関わっている人たちの風土改革への取組みに対する表彰式があり、私も審査員の1人として参加しました。

 

審査委員長は作家の童門冬二さん、その他の審査員は私を含めて4名です。

 

表彰式の前に控え室で童門冬二さんとちょっとだけお仕事をする機会がありました。

 

組織風土改革の目指す組織の姿として風通しが良いこと。

 

風通しが良いとは、例えば、上司に対しても疑問があれば質問でき、「問題だな」と思えば「問題ではないでしょうか」と言える、「ここは直してはどうでしょか」と言える。

 

また、トップや上司にも耳の痛い話、悪い情報も上がりやすい。

 

状況が刻々と変わる中、継続的に進化発展できる企業組織には問題を早期に顕在化し、自分たちで改善する力(自然治癒力)が働く、そういう自然治癒力の仕組が内包している。

 

そういうことを普段から考えていましたので、歴史に詳しい童門さんに、

 

「徳川時代には、お家のためには殿様に対しても耳の痛い話をすることはできたのですか?おかしいとか問題だということは言えたのですか?」

 

と聞いてみました。

 

なぜなら、徳川時代は明治維新まで265年も続いたと言われていますので、組織の中に自然治癒力が内包されていると想像していたからです。

 

ところが、返ってきた話はざっくりですが以下の通りでした。

 

徳川家康は家臣に、「上に苦言を呈するのは一番槍をとることよりも難しいんだぞ」と言っていたとのこと。

 

どういうことか?

 

家康は暗に「俺には反論するなよ」と言うことだとか・・・。

 

私の想像、仮説は完全に崩れました。

 

違う形の体制維持機能があったということでしょうか?どういう体制維持機能だったのか調べてみるのも面白いと思います。

 

徳川時代と今は全く社会の状況が異なります。刻々と状況が変わりますので、経営トップや上司は裸の王様にならないためにも、部下から嫌な情報や耳の痛い話をされても腹を立てずぐっと堪えて「良く言ってくれた」という態度で聞くことが大切です。

 

同時に部下の立場で経営トップや上司に対して耳の痛い話をすることは勇気のいることですが、個人では出来ないことも仲間となら行動を起こせますのでそういう仲間ができる環境づくりが必要です。

 

その環境とは組織風土です。