開発部門のミッションは「信頼と安全」

  

新聞やTV等で孤独死のニュースが流れている。決まって周囲は異変に気づいていたという。例えば、定期的に介護用品を届けている業者も異変に気づいていたという。

 その時に、もう一歩、おかしいと思ったら次の行動がとれれば良かった。

 その人たちの使命はなんだろうか、ただものを配達することだけなのか?

 介護を必要としている人たちに対して、「安全とか安心、健康を・・・」というようなミッションを持って、配達していたら行動が違っていたのではないか。

舞台は大型トラックの開発部門。

 大型トラックの開発に取り組んだ人たちのことを思い出した。

 その当時は“コンセプト”といっていたが、掲げたのは「信頼と安全」。

 今、考えるとそれは「ミッション」だったのではないかと思う。

 自分たちの社会的な存在意義と、ものづくりに関わるときの意思決定や実行の “優先基準、判断基準”が必要だと考え、立場や部門を越えて議論した。

 

「自分たちの仕事の意味は何か」

 「お客様にとっての安全とは何か」

 といった青臭い議論を続けた。

 そして、生まれたのが『信頼と安全』。

 

その直後にスタートした新車開発プロジェクトでは「信頼と安全」をミッションの下、開発に取組んだ。

 

トラックの事故現場に足を運び、ユーザーであるドライバーの人たちや荷主さんに話を聞きながら、「求められる安全」のイメージを明確にしていった。

 

それを反映した設計では、「事故の際に運転台の生存空間を確保する」ことが最大の焦点になった。

 

開発チームにとっての「安全」は歩行者とドライバーの命を守ることだった。

 

しかし、生産財のトラックの開発には、燃費を考えた車体重量の軽量化、積載能力を考えた荷台スペースの最大化など、さまざまな要求すなわち制約条件がつきまとう。

 

お客様基準の開発は要求レベルが高い。

 

チームのメンバーはその厳しい壁を、『信頼と安全』というミッションの下に仲間と協力し合って乗り越えていった。

 

ドライバーの製造空間を確保するという課題は、衝突し、ハンドルがある程度の力がかかると、ハンドルが砕け散る、肋骨が折れる前に砕け散る、というアイディアが生まれた。

 

『信頼と安全』というミッションの下で開発された新型トラックが試されるときが来た。

 

発売の年に、新型車は東北自動車道で大規模な玉突き事故に巻き込まれた。運転台はめちゃくちゃに潰れ、死亡事故になってもおかしくないような大事故だった。

 

しかし、そのトラックのドライバーはかすり傷程度で助かった。

 その家族の方から命を救った車に対するお礼の電話がかかってきた。

 その電話で開発メンバーが男泣きするというドラマがあった。

 

 

最近の起きている問題を目にするたびに、自分たちのミッションは何か?をもう一度考えてみたいと思った。